飛び魚とゴマフあざらし     哨戒機機長

 

 固定翼の哨戒機は、迅速に作戦海域に進出し、しぶとく同じ場所に留まって空からは見えない潜水艦をいぶり出す必要があるから、進出時は速度の出る高い高度を飛び、作戦海域では状況に応じて柔軟な行動が出来るよう低高度に留まる。そして作戦終了後は再び高々度に上昇し基地に戻る。これをHigh−Low−Highのミッション・プロファイルと呼ぶ。

 

 高々度を飛べば燃料の節約にもなるからこのような飛び方をするのであるが、無論、作戦海域の距離が近い場合には上昇して巡航高度にたどり着いたらすぐ降下ということになるから、そこは兼ね合いの問題である。

 

 固定翼哨戒機の一番有力なセンサーはソノブイであるから出撃に際しては目一杯積み込む。もちろん燃料も満タンにして最大離陸重量で離陸することになるが、それでも巡航高度は富士山よりも高くなるから、旅客機と同じで地上の景色はあまり良く見えない。特に近年は上空から見ると地上にはもやが掛かっていることが多く、高々度から地上の景色がはっきりと見えるのは、台風の過ぎ去った直後か、大雨のあと、または冬の季節風が吹き荒れる時期ぐらいである。

 

 その反面、海上を低高度で飛ぶ哨戒飛行では見えるのは海ばかりで単調だと思われがちであるが、なかなかどうして結構変化に富んでいる。まず海の色、東シナ海は黄河から流れ込む黄砂(空を飛んでくるのもあるが・・)で黄色がかっているし、太平洋の海は明るい青で沖合いに出るにつれて紺に近くなる。その中を帯状に流れるのが黒潮。上空から見ると本当に限りなく黒に近い紺色に見える。そして周囲の青い海とは際立ってはっきりと境界が分かれている。この境目は風が無くても波立っており、時としてレーダーの電波を反射するため小目標と間違えやすい。潮目といってレーダー・マンには嫌われる。

 

 航空自衛隊の戦闘機乗りがこよなく愛する抜けるような青空は「スカイ・ブルー」、われわれ海上自衛隊の哨戒機乗りが好きな色は「ネィビー・ブルー」、同じブルーでもそれぞれにいい。海の青と空の青に同時に心を洗われるのが飛行艇乗り、飛行艇の話は、同期のYさんにまかせよう。

 

 その海の中に住むのが魚、一番大きいものが鯨さん(俺は魚ではない!と鯨に怒られそう・・)。日本各地でホェール・ウォッチングが人気上昇中であるが、哨戒機から見えるのは桁が違う。沿岸のセミ鯨やミンク鯨ではなく、ナガス鯨やイワシ鯨の群れに遭遇する。小さな群れでも5〜6頭、大きな群れになると40頭近く見かけることもある。群れが海面を泳いでいるとこれまたレーダーに良く映る。レーダーマンは鯨と潜水艦が見分けられないと一人前とは言えない。

 

 群れは一度に潜水する。さっきまで見えていた十数頭の群れがちょっと目を離したスキに見えなくなる。そうするとレーダー探知訓練の目標にしようと思ってもなかなか出てこない。長いものは30分くらいは潜るのではなかろうか? だから魚なのですよ鯨さん。

 来年、下関で国際捕鯨委員会(IWC)が開かれる。明治の終わりまで、鯨を際限なく捕獲し油だけを絞って肉も皮も捨てていた欧米の国々が日本の捕鯨反対を叫ぶ。鯨が絶滅の恐れがあるというのが反対の大きな理由だが、空から見る限り鯨は確実に増えている。

 特に私が30数年飛んできた北太平洋では群れの数も増えている。30年前は20頭以上の群れは珍しかったが、今は40頭の群れも見かける。

長さ18メートル、体重30トンの鯨が一日に捕食する小魚やプランクトン(これも小魚の餌になるのだから結局同じ。)の量が増え、マグロや鰹の食料が奪われるとしたらそっちの方が問題ではないですか?

 

高度を1,000フィート程度に落とせば、海面を跳ぶ飛び魚が見える。飛び魚の大きさはせいぜい30センチ、「本当かいな?」と思われる方も多いだろうが、本当である。人間の目は止まっている物を注視しても視力の範囲内でしか識別できないが、動いているものは良く見える。いわゆる動態視力という奴である。また飛び魚は海面スレスレを跳ぶから細い白波を引く。静かな海面だと100メーター近く跳ぶ。海面に映る自分の飛行機の影の長さが30メーターであるから距離も分かりやすい。同じネィビー・ブルーの海を飛んでいると親近感が湧く。

 

冬のオホーツク海は流氷の海である。どこまで飛んでも真っ白な流氷、でもこれを単調だと思ってはいけない。やはり海を住みかとする生物がいるのである。真っ白な氷の上にポツリと灰色の点で見えるのがゴマフあざらし、1,000フィートの高さからはその表情は窺い知れないが、クリクリとした愛らしい目でこちらを見つめていると想像した方が楽しいではないか。もしその生物がトドであっても。

何を食料にするのかその上にはオオ鷲やオジロ鷲が飛んでいる。一昔前ならミグまで飛んできたがソ連の崩壊以降はそれも無い。さすがにペンギンは居ないが、「南極の話は、今は亡き我らの大先輩、第15期航空学生のTOPHELOこと平岡氏のホームページをご覧ください。合掌!」