飛行機のエアコン            哨戒機機長

 
私は四国の片田舎の百姓の出身ですが、今や農家のトラクターにもエアコンが付く時代となりました。

 昔は、自衛隊の飛行機などにエアコンはおろか、クーラーすらも無く、私が候補生の時代に乗っていたP2V-7という哨戒機には、ガソリンを燃やして空気を暖める暖房装置だけは付いておりました。

 大気の温度は1,000フィート上昇するごとに2℃下がります。(100mでは0.65℃)したがって季節に関係なく1万フィートの上空に上がれば、地上よりも20℃低くなります。そのため地上が30℃を越える猛暑であっても上空の寒気団の動きによっては富士山程度の高さでも0℃以下になることも珍しくなく、ヒーターだけは贅沢以前の必須装備だったのです。

 

 昭和40年代は、日本の空にはまだ現在のようなレーダー管制が取り入れられておらず、計器飛行方式によって、ある基地から他の飛行場に飛ぶには、管制機関から飛行承認が出るまでに長がーい時間を要しました。

 飛行承認を要求してから何分後に許可が来るということが最初から分かっていれば、その時間を見越してエンジンをスタートするのですが、ある時はすぐに来ることもあるし、次の日には1時間も待たされるといった具合ですから、出来るだけ短時間で来ることを期待してエンジンを回したまま滑走路の端の待機地点でジっと待つしかないのです。真夏の照りつける太陽の下で、クーラーのないガラス張りの操縦席の中でなす事もなくじっと待つのは苦痛以外の何者でもありません。飛行機が地上にある間はタバコも吸えませんから、乗組員のいらだちがつのります。

 週末に手洗濯で洗った飛行服が、まず背中から汗で濡れてきます。次に救命胴衣が接している胸側を汗がツーっと流れ下って行きます。30分も経つと本当にパンツまでグショ濡れになるのです。

 

 やがて、離陸許可が来てやっとの思いで飛び上がると1,000フィートにつき2℃の割合で温度が下がるのですから、生身の体はたまったものではありません。汗は体温を奪いながらたちどころに乾いて、飛行服には白い塩の結晶だけが残るのです。

 

 次の世代のP-2Jにはやっとクーラーが付きました。主翼後方の通信員席の横にクーラーの本体があり、現在の車のエアコンと同じ原理で電動式のコンプレッサーで圧縮したガスの冷媒を熱交換機の中で膨張させ、そこを通る空気を強制的に冷やすものでした。

 冷えた空気はダクトを通して前方のノーズ見張り席まで導かれます。その途中で乗組員の席ごとに冷気の吹き出し口があり、冷たい空気が出てきます。

 ところが、空気の容量があまり多くないものですから、本体から遠ざかるにしたがって吹き出す冷気が少なくなるのです。当然のことですが、本体に一番近いレーダー席が一番良く冷え、タコ席、AW1,2席と順番に勢いが落ちて、操縦席ではほとんど効果は無いのです。フライト・デッキは窓も少なく、直射日光も当たらないのに良く冷え、直射日光の照りつける操縦席は相変わらず暑いのです。

 

 昭和49年に派米訓練で初めてハワイに行き、そこで米海軍のP-3Aに初搭乗しました。夏の暑い時期でしたが、クリューが飛行服の上に更にジャンバーを着ているのです。

 その訳はすぐ分かりました。なんと天井のダクトから霧となって冷気が吹き出すのです。それもものすごい勢いで・・・。カルチャー・ショックを受けました。でもそれは搭乗員のためではなく、コンピューター様のためだと変な納得をして帰りましたが・・・。

 

 その後何年か経って、海上自衛隊にもP-3Cが導入され、ショックを受けたエアコンの「はらわた」まで勉強する機会を得ました。そのエアコンは車のそれとは似つかないものでした。

 空気をごく短い時間で圧縮すると極端に温度が上がります。自転車の空気入れや注射器の出口を塞いでポンピングすればすぐ分かります。この圧縮されて熱くなった空気も大気中に放出すれば、急激に温度が下がって元の状態に戻ります。いわゆる断熱圧縮・断熱膨張です。旅客機のような大容量の空間を満たすエアコンではこの原理を応用します。

 

 エンジンで直接駆動されるコンプレッサーで圧縮された空気は300℃ぐらいの高温になります。この空気をそのまま膨張させれば元の温度に戻るだけなのですが、300℃のエネルギーを保っているときに外を流れる外気で一度冷やしてやります。30℃の空気を15℃の空気で冷やすことは容易ではありませんが、300℃に熱せられた空気を15℃の空気で冷やして、その温度を数十℃下げることは容易です。

 この状態で一気に断熱膨張させれば、コンプレッサーに入る前の温度よりも数十℃低い冷気を得ることができる訳です。実際にはこうして得られた冷気と圧縮されたままの暖気を混ぜ合わせて温度を調整し、さらに空気を高速で渦巻状に流して遠心力で水分を分離し、快適に整えられた空気が機内に送られる構造になっています。

                  以上 飛行機のエアコンのお話でした。